母の生前整理で見つけた着物を高価買取してもらいたい

今48歳の私が20歳になる頃は、娘が居たら成人の記念に振袖を買うという、昔からの習わしが生きていました。ですが振袖、着物といったものは、普段使いできるわけでもないと考えたその頃の私は、着物はいらないとずっと言い続けていました。

私には姉がいて、姉も振袖を買ってもらっていました。だからそれを借りればいいと言っていましたが、姉は私より、身長が8cm低く、そうなると姉の新調に合わせた着物を、私が着るのは難しいと、母がどこからか聞いてきました。

だから私にも買わなくてはいけないと言っていました。私はそれよりもネックレスとか、使い勝手のいいものがあった方がいいという考えでしたが、母にしてみたら、娘には二人とも買ってあげたいという気持ちや、何かあった時に、買ってあげなかった方から、文句が出てトラブルになるんじゃないかと、そんなことも考えたのかも知れません。

ずっといらないと言っていた私が、考えを変えることになったのは、私が19歳になる年に、母の生命が、あまり残されていないことを、父から聞いたのがきっかけでした。その何年か前に母が手術をしました。その後にもまた手術をしました。そして父からその話を聞いた時に、初めて母ががんであることを知ったのでした。

初めての手術の時に、もうかなり難しい状態であり、その後に再発、転移などをして、今は、あと何か月かという状態であることを聞かされました。当時は本人にも伝えずに過ごすことも許されていて、母自身は告知されずにいたのです。ですので、母の残りの何か月かは、私たちは真実に触れることをせず、できるだけそれまで通りに、その中で母に対してできることをやっていく日々を過ごしたのでした。

その中で、私が考えたのは、母と共に振袖を選び、買ってもらうことでした。急に自分の主張を変えたので、母は不思議に感じたかも知れませんが、やっぱり私も買って欲しい、みんな着るから、と、子どもっぽいことを言ったような記憶があります。嬉しそうな母の顔を見て、学生だった私が出来る事なんて、本当に少なく、出来るだけこうやって、母と寄り添って過ごそうと、決意と言ってはおこがましいですが、そんなことを心に決めたことを覚えています。

母と二人で呉服屋さんに行って、私の希望や、母の見立て、試着を繰り返した時間は、とても大切な思い出であり、今も書きながら涙が出てきています。痩せてきた母が、弱っていた体力を使って私のために選んでくれた青い振袖は、今も手元にあります。これからそのままで着ることはないでしょうし、私の元に生まれた子供も男の子ですから、あの着物は、純粋に母と私だけの大切な振袖です。その振袖は、たくさんの思いがあふれてくる貴重な品のひとつです。

その振袖以外の母の着物コレクションはもう処分してしまう予定です。名古屋で着物高価買取業者があれば良いのですが。